◎心の葛藤

・許すことで幸せになる

故意にしても、過失にしても、誰かに嫌なことをされて深く傷ついたとき、すぐに許すなんて気持ちにはなれませんよね。でも、逆に、許せないという感情を抱えたままでいると、その時間が長ければ長いほど、その感情は大きくなり重くなり、自分自身の心や体、そして人生を傷つけてしまいます。相手はすでに何があったかも忘れているかもしれないのに…。

だから、とても難しいことなのですが、自分に嫌なことをした人、傷つけた人を許してしまいましょう。それができれば、自分自身が楽に生きることができて、さらには人として成長を続けることができます。

◎家族からの暴力、虐待を受続けた私の場合

私は、8歳のころから約10年間、兄や両親から暴力や虐待を受けて育ちました。特に兄からの暴力はひどいものでした。(詳しいことはここでは割愛します)暴力や虐待を受けていた時期は、恐怖と痛みにおびえ、怒りや恨みなどの感情すら自覚していませんでした。そればかりか、兄や両親は暴力を受けるのは私の責任とばかりに、常に高圧的な言動で私をコントロールしました。

私が、兄や両親から、暴力や虐待にさらされてきたことに、初めて、怒りや悲しみを覚え、自分が悪くないのに傷つけられ続けてきたことに不快感や許せないという気持ちが本格的に沸き起こってきたのは、私が暴力から逃れ家を出てからでした。暴力や虐待という圧力、マインドコントロールから解き放たれ、自分が安全な場所に身を置くことができたときに、初めて、普通の感情で「許せない」と思いました。

その後、約30年という長い間、フラッシュバックに苦しみました。許せないと思えば思うほど、フラッシュバックが頻繁に現れ、フラッシュバックが現れるたびに許せないという気持ちが増幅していきました。

暴力、虐待の被害者は、時が過ぎてからもずっと苦しんでいます。それに引き換え、加害者のほうは、自分たちがそんなことをしたことを正当化し、都合の悪い部分は忘れているのです。これが他人ならそのまま疎遠になり付き合いもきえていくのですが、私の場合は加害者が家族でしたので、親戚の冠婚葬祭など大人になってからも何かと関わらなければならない場面がありました。

世間体を何よりも気にする両親は、私が周囲から見て、いつまでも兄や両親を受け付けずに、関係が悪いように見られることを格好が悪いと気にしました。常に円満な家族としてふるまうべきだと主張し、私が昔のことを怒っているのはおかしい、少々嫌なことをされていたとしても許すべきだと、ことあるごとに私をなじりました。私は成長期、本当に地獄を生きてきましたし、何度も自殺を試みて何度も失敗をしました。そんな風に私を暴力や虐待で苦しめてきた両親や兄に、大人になってから、簡単に「躾やちょっとした兄弟げんかだったのだから許せ」と言われても、許せませんでした。

許せない気持ちを抱えたまま時が経ち、私は母になり、2人の子供の育児や家庭、仕事に追われて、暴力や虐待のあった場所から離れて、自分の新たな人生を生きてきました。暴力のない平和な時間を生きながら、忙しい毎日を、時々立ち止まって振り返るたびに、こう思うようになりました。『もう、暴力や虐待の記憶に縛り続けられたくない。忘れることはできないけれど、この苦しい感情は封印したい。そして、今自分の前にある大事な物事に集中していきたい』…この気持ちは、多分、私は過去に自分を苦しめた兄や家族を許したということなのだと理解しました。

それでも、相手はこれからも、私を傷つけてくるでしょう。今後何もかもがうまくいくとは思いません。でも、私はそのたびに、相手に対して冷静に、距離を置き、時間を置き、許すことを意識していきたいと思います。それが、自分自身が穏やかに生きて幸せになる手段だと思います。

◎許すことは相手との仲直りではない

私は、許すことと仲直りすることは全く別物だと思っています。

許すということは自分のための行為です。許すことというのは、相手に対して持っている自分の中の怒りや、恨み、悲しみを消したり、封印したり、流したりして、自分の気持ちを解放し、癒し、穏やかに保つことです。

ネガティブな感情を捨てても、相手との間にあったことは変わりません。いつまでも恨み続けるということはしないし、もちろん仕返しや復讐なんかもしないけれど、だからと言って、自分を苦しめた相手に再び近づき交流を持つことはしません。相手との間にそういうことがあったという事実を認識し、気を付けて対応します。これからは、自分を傷づける人(傷つけた人)ではなく、自分を幸せにしてくれる人、幸せにしたい人に目を向けます。

許すことは相手のためではなく、自分自身のためです。

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今の時代、多くの人がストレスを抱えて生きていると思います。 私も成長期の家族からの暴力や虐待に30年以上たった今でもトラウマを残し、生きづらさを抱えて生きてきました。 でも、人はみんな幸せに生きる権利があります。今の人生がつらい過去の上にあるとしても、そして、自分を取り巻く状況が厳しいものであっても、人の心や幸せの意味を考えてみんなに幸せになってもらいたいと思います。 いろいろあっても、工夫して、自分を癒し、人を癒し、明るい未来に向かいたいです。