◎暴力・虐待の記憶

・右目が見えない

小学校5年生の初夏の頃だった。その日は胸騒ぎがした。学校から帰ったら絶対、兄にいつもよりひどい暴力を受けるだろうと思いながら家路についた。なぜなら、前の日に父が兄の部屋に入り芸能雑誌を見つけ、兄に頭ゲンコツをしながら「勉強以外のものを自分の部屋に置くな」と怒ったからだ。父に怒られたとき兄は素直に「はい」と返事をして、素直に勉強以外のものをリビングに移していた。父はいつも子供たち罵声を浴びせ殴ることで子供たちを自分の言いなりにした。これで父親としての威厳を保ちながら「教育」をしているつもりだったのだろう。兄は自分が父にこのような「教育」を受けた次の日は私への暴力がいつもより一層ひどくなる。私に暴力を連鎖することでストレスのはけ口としていたのだろう。

本当なら帰りたくないが、いつもより帰る時間が遅くなると、その次の日の暴力がひどくなる。私は暴力を受けることがわかっていながら急いで家に帰るしかない。暴力は人の心を完全にコントロールする。逃げられないのだ。この暴力から今すぐのがれるには、今すぐ死ぬしか方法がないと思っていた。

下校し家に着くと家の前に兄の自転車があった。中学2年生の兄が、小学5年生の私より先に帰宅している。そういう日はだいたい兄は私を殴る気満々で準備が整っている。玄関の戸を開けると兄が座って待ち伏せていた、すごい恐ろしく気持ち悪い目で私を睨みながら、手をバキバキ鳴らしている。ランドセルを背負ったままの私は、まず、髪をつかまれ家の階段の2階のあがりまちに連れていかれ、そこから思い切り蹴り落とされることから暴力が始まった。3度同じことが繰り返される。そのつど、13段ある階段の角が、私の手、足、背中、お尻、お腹、胸、首、頭などに突き刺さってくる。痛すぎてめまいがする。体中がしびれ感覚がなくなってくる。そして兄は立ち上がれなくなった私に、さらに殴る蹴るの暴行を加える。私にはもう、よける気力も体力も無い。その時、私を殴っていた兄の拳の中指が私の右目に直撃命中した。

右目に熱い感覚がはしり、その後視野を赤黒さが覆った。目を開けているつもりなのに右目が見えない。左目だけを開けてみると見える。右だけを開けてみるとやっぱり見えない。そして、吐き気がしてきた。吐きかかっている私の姿を見て兄は私に「汚ねえなあ!便所行けよ!吐くなら便所で吐けよ!」と怒鳴った。私はトイレに駆け込み便器に頭をつけ吐いた。吐き終わると兄が「臭せえよさっさと流せ!」「臭せえからさっさとうがいしろよ!」と私の髪をつかんで洗面所に連れて行った。兄は焦っているようだった。母が仕事から帰ってくる時間が迫っていたからだ。兄は母が帰ってくるまでには何事もなかったようにしておかなければならないのだ。私はうがいをした後、洗面所の鏡で自分の顔を見てみた。左右の目の焦点が合わず色もよくわからない。目の周りが腫れているが、いつもよりかなり不細工に見えた。母が帰ってくると何事もなかったように、兄は明るく「お母さんお帰り~」と駆け寄り学校での友達とのやり取りを話していた。

その日から数日間、私の右目は光がわかる程度で物が見えなかった。左目は見えたので日常生活はできたが、学校の授業で黒板を見たり、体育で球技などをするときは右目が見えないことで不便だった。日にちが経つと何となく物が見えるようになってきたが、普通に黒板の文字が見えるまでには回復しなかった。毎日、右目が見えにくいことを左目でカバーしていると、目も体も、ものすごく疲れ、ひどい頭痛が止まらなかった。それでも、私は兄からの暴力で目が見えにくくなったことは親にも、誰にも言えなかった。何よりも兄からの報復が怖かった。

それから、半年以上が経ち、小学校で毎年恒例の身体検査で視力検査をした。前年度は両目とも1.5あった私の視力は、右0.1、左0.3まで落ちていた。右目を兄につぶされて、それに合わせて頑張ってくれていた左目もしんどくなってきたのだなと分かった。学校からの検査結果の手紙に、視力矯正のために眼鏡を作るようにと書いてあった。その手紙を見た両親は私に「暗いところで本を読むからだ」とか「テレビの見過ぎだからもう見るな」などと言って注意をした。

あれから35年たった今も、私の視力は回復していない。そして、今でも両親は私の視力低下の理由も知らない。

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今の時代、多くの人がストレスを抱えて生きていると思います。 私も成長期の家族からの暴力や虐待に30年以上たった今でもトラウマを残し、生きづらさを抱えて生きてきました。 でも、人はみんな幸せに生きる権利があります。今の人生がつらい過去の上にあるとしても、そして、自分を取り巻く状況が厳しいものであっても、人の心や幸せの意味を考えてみんなに幸せになってもらいたいと思います。 いろいろあっても、工夫して、自分を癒し、人を癒し、明るい未来に向かいたいです。