◎暴力・虐待の記憶

親の財布からお金を取ってこないと・・・。

暴力や虐待を受けていた当時の自分は、痛みと恐怖でいっぱいで、どうしたらこの地獄のような状況から逃れられるかということしか考えられなかった。小学生くらいの年齢ではうまく逃げることもできず、きちんとした大人に助けを求めることもできなかった。暴力を振る人間の言うことを聞かなければ殴られる…だから、言いなりになるしかなかった。

父や兄から、暴力を受けていることを人に言うなと言われれば絶対自分からは人に言えないし、兄が私を殴り蹴り続けながら親の財布から金を盗んで来いと言えば従うしかなかった。もちろん親にはすぐばれて怒られるが、兄に盗んで来いと言われたこともお金を兄に全部渡していることも言えるはずはない。全部自分が悪いということになるが、そんなことはどうでもよかった。ただ殴られたくない、それだけだった。

兄が私に暴力をふるい盗みを強要し続けたのにはいろいろな理由があった。私たち兄妹が、躾と称して父から受ける暴力のストレス解消と、私に悪いことをさせれば両親の怒りは私にだけ向くことで、兄は私を盾にすることができる。盗ませたお金を自由に使うことができる。ほかにも、両親が私を怒るときに兄が私をかばうように演じることで、両親の中で兄の評価が上がり兄の私への暴力をますます隠すことができるなどなど。

母は私が母の財布からお金を抜いたことに気付き、父に報告をする。当たり前だが両親は私を叱る。言葉でも怒るが、父は私が鼻血を出し、立ち上がれなくなるまで殴り蹴る。それを少し離れた場所で、兄が平然と見ている。前述のとおり、私が親の財布からお金を抜いたのは兄の命令で、そのお金は兄が持っている。そして、そういう時は必ず両親は私を家から出し外で立たせておき、食事を与えない。蒸し暑い夏の夜、外で私が立たされていると、家の中からは両親と兄が楽しそうに話をしながら夕食をとっている声が聞こえる。

兄「お父さん、ユキ(私のこと)も反省しているのだから許してあげたら」

父「あいつはいつも同じことを繰り返すからもう少し立たせておかないとだめだ」

兄「俺、ユキがかわいそうだと思うよ」

母「イチゾ(兄のこと)は優しいね。いつもユキの面倒を見てくれてありがとうね。あの子は悪いことをして噓をつくからちゃんと見ておいてね」

兄「大丈夫だよ。俺がちゃんとみているから」

父「イチゾがいて助かるよ」

兄「ユキ外で大丈夫かな。蚊に刺されるとかわいそうだから。俺ユキに蚊取り線香置いてきてあげる」

兄の足音が聞こえ、兄は玄関を出て私の立たされているところに来る。そして兄は私の耳元で言う。「俺がやれって言ったからやったとか、金を俺に渡したとちょっとでもわかることを言ったら殺すぞ」兄は私の目のギリギリ前に蚊取り線香の火を近づけ私を威嚇し、私の足元に持ってきた蚊取り線香を投げつける。そしてまた顔色も表情もさっと変えて家の中に入り父に話しかけている。

兄「ユキは大丈夫そうだったよ。本当にそろそろいれてあげたら?」

父「イチゾがそういうならいれてやろうか」

父が私のところに来た。私の頭を一発殴り髪をつかみながら言った。「イチゾが入れてやれというから入れてやる。お前のお兄ちゃんは優しくてよかったな。感謝しろよ」

父の後ろで兄が笑っている。いつものことだ。そしてまた繰り返される。小学校3年生だった私は痛みと空腹に耐えながら宿題をし、眠れない夜を過ごした。この後何年もこういう日常が続いた。


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今の時代、多くの人がストレスを抱えて生きていると思います。 私も成長期の家族からの暴力や虐待に30年以上たった今でもトラウマを残し、生きづらさを抱えて生きてきました。 でも、人はみんな幸せに生きる権利があります。今の人生がつらい過去の上にあるとしても、そして、自分を取り巻く状況が厳しいものであっても、人の心や幸せの意味を考えてみんなに幸せになってもらいたいと思います。 いろいろあっても、工夫して、自分を癒し、人を癒し、明るい未来に向かいたいです。