②保育原理

●保育の思想と歴史(保育原理)

保育とは人間が人間を育てる重要な営みです。保育のあり方は社会の需要によって変化しています。そして、近年、保育のあり方が問われています。過去の保育士の歴史を振り返り、世界各国の保育と比較しながら、保育という営みの偉大さを見つめなおすことで、子ども主体の保育のあり方を考察したいと思います。

1 諸外国の保育の思想と歴史

〇ルソー

フランスの思想家。著書の「エミール」が有名です。
教育法としては、無用な教えや干渉を排した「消極的教育」を主張しました。
ルソーの考え方は、子どもが、生まれつきもっている、よい心を損なわずに、「大人が教え込む」ではなく、子どもを中心とした教育をしなければいけないというのが、消極教育という考え方です。 

〇オーベルラン

ドイツの大学で神学や教育学を学び、1767年に、ドイツとフランスの国境の山間部に牧師として赴任しました。世界最古の保育施設を設立したとされており、国外にも影響を与えました。

〇デューイ

シカゴ大学の教授。「民主主義と教育」の著者で、実験学校(デューイスクール)を創設した人物です。経験の継続的な再構成の大切さを説きました。
 

〇ペスタロッチ

ペスタロッチは、スイスの教育実践家で、孤児や貧民の教育に尽力した人物です。
「生活が陶冶する」という言葉が有名です。「陶冶」は「とうや」と読みます。
「人(の内面)を作り上げること」という感じの意味です。
「生活が陶冶する」という言葉の意味は、知識などを教え込むことではなく、幼児の家庭での生活などが、人間性を作り上げるのだ、ということです
スイスの教育実践者で、貧困にあえぐ子どもたちの教育に従事しました。主な著書に「隠者の夕暮」「幼児教育書簡」などがあります。
 

〇オーエン

イギリスに「性格形成学院」を開設し、子どもと保護者の教育を行いました。教育の中で叩いたり罵倒したりすることを批判し、愛情をもって子どもに接することを重視しました。
 

〇フレーベル

ドイツにキンダーガルテンを開設しました。子どもの発達をうながすために独自の教育道具(おもちゃ)である恩物を作り出し、遊具の普及に努めました。
恩物を使った保育を取り入れている園もあり、保育者としては必ず覚えておきたい人物ですね。
 

〇エレン・ケイ

スウェーデンの女性解放家で、「児童の世紀」などの著者です。日本の女性解放運動に大きな影響を与えました。
 

〇モンテッソーリ


イタリア初の女性医学博士。「子どもの家」において、障害児教育を幼児教育に応用しました。子どもに適した環境を与えることを大切にし、子どもが主体的に生活・学習ができる環境構成がなされました。ローマのスラム街の「子どもの家」で幼児の教育に務めました。
また、整えられた環境と個性的な教具により子どもの自発的な活動を尊重する「モンテッソーリ教育」で有名です。日本でも「モンテッソーリ教育」に基づいて保育をしている園も多いですね。

2 日本の保育の思想と歴史

現代の保育がここまで確立されたのは、先人達の大きな努力があったからです。「保育原理」に関する重要人物をご紹介します。

〇倉橋惣三


「幼稚園保育法眞諦」の著者です。保育現場で、最も名前を聞く保育の歴史上の人物だと思います。それまでの主知主義的、一斉訓練的な保育を排して、自由主義的、生活的保育を提唱。子どもが気づかないうちに保育の目的に導く「誘導保育」を実践しました。
子どもの自発性に基づく自由保育を提唱し、形式化した明治以来のフレーベル主義の改革をすすめました。
代表的な著書には「幼稚園保育法真諦」「育ての心」「子供賛歌」などがあります。
「生活を生活で生活へ」は倉橋惣三先生の有名な言葉です。

〇和田実

「幼児教育法」の著者。自由で活発な遊びこそ幼児期の教育の真髄であると説いています。以降、多くの幼児教育者が遊びに着目し賛同しています。
 

〇川田貞治郎

知的障害をもった子どもの教育の先駆者です。藤倉学園の初代園長です。キリスト教的博愛精神に基づき「知的障害は治る」とし、教育法の確立が必要と考えました。
 

〇石井十次

ルソーやバーナードの影響を受けた児童福祉事業家。「岡山孤児院」を創設、大阪に「愛染橋保育所」を開設しました。
 

〇留岡幸助

救護事業の制度化に力を注ぎ、「家庭学校」を設立。農作業などをとおして、少年の感化教育を行いました。
 

〇城戸幡太郎

社会中心主義を主張し、保育問題研究会を創設しました。
 

〇野口幽香

貧しい家庭の子どもたちにも幼児教育を行う必要性を感じ、二葉幼稚園を開園しました。この幼稚園は、1916年に二葉保育園と名称を変えました。
 

3 日本の保育施設の歴史

〇東京女子師範学校附属幼稚園(現お茶の水女子大学附属幼稚園)

日本最初の幼稚園として設立されました。当時の政府は、フレーベルのキンダーガルテンの影響を受け、幼稚園を設置することが日本の近代化の一つであると考えていたようです。
そのため、フレーベルの門下生であった、幼児教育家の松野クララが主席保母を務め、フレーベル理論を保母たちに教えながら実践しました。この時代に幼稚園に通うことができたのは、上流階級の限られた子どもたちだけでした。
 

〇守孤扶独幼稚児保護会

日本人による最初の本格的な託児所といわれている施設です。新潟静修学校に併設された保育室が発展したもので、母子家庭や工場に働きに出る夫婦の幼児などを預かっていました。
 

〇家なき幼稚園

1922年に橋詰良一により開設されました。園舎を造らずに戸外で保育を行うのが特徴で、大自然の中で子供を遊ばせる露天保育を推奨しました。郊外へ行き、露天保育を行っていました。

この記事をSNSでシェアしてね!

今の時代、多くの人がストレスを抱えて生きていると思います。 私も成長期の家族からの暴力や虐待に30年以上たった今でもトラウマを残し、生きづらさを抱えて生きてきました。 でも、人はみんな幸せに生きる権利があります。今の人生がつらい過去の上にあるとしても、そして、自分を取り巻く状況が厳しいものであっても、人の心や幸せの意味を考えてみんなに幸せになってもらいたいと思います。 最近、保育の勉強に興味をもちました。学んでいると、まるで自分を育てなおしているような気持になります。学んだことをブログにもまとめていますので興味のある方は是非ごらんください。育児中の方などにもお勧めです。