◎心の葛藤

・自分を苦しめた相手と、無理して付き合う必要はない

実家を出てから、今年で30年になります。私にとって実家は、生まれ育った家ですが、温かく思えるような懐かしさなどは全くなく、暴力や虐待を受け続けた建物でしかありません。18歳まで私はこの建物で、両親や兄からの暴力や虐待に耐え、嘘をつく兄のために両親からも悪者呼ばわりされ、習い事も趣味も部活も進路さえ、両親からの暴力や暴言で言いなりにならなければならず、外に対しては幸せな家庭で育つお嬢さんを演じていました。毎晩寝る前には、「今日一日何とか生きた。明日はどうしようかな。生きようかな。死のうかな。死ぬならどうやって死のうかな。」と思いながら眠りにつきました。私にとって、実家で過ごした家族は『加害者たち』という位置づけでしかありません。

●加害者たちとの意識の差

暴力や虐待、そしてその記憶から逃れるために、もう二度とここには戻らないという気持ちで、18歳の時に実家を出ました。私は、実家では両親や兄による、ひどい暴力や虐待を受けていましたが、両親による強い束縛もありました。成長過程をすべて両親の好みの通りのことをしなければなりませんでした。

両親が好きな、剣道やピアノ、珠算、サッカーなどをやらなければならず、自分の好きなことをやりたいというと暴力でおさえられました。隠れて好きな音楽を聴いたり、手芸をしたりしていれば、殴られ、目の前で作品やCDを捨てられました。そして、親の好みのことをやりたいと言うまで殴られました。例えば親に、「お前は剣道やるに決まっているだろ!やりたいと言え!」と怒鳴られながら父に殴られます。私はやりたくなくても「私は剣道がやりたいです」と言います。すると、父はその言い方が気に入らなくて私を殴ります。「心からやりたいと言え!」と。そんなやり取りが何度も繰り返され、私が父の好みのことを心からやりたいと言っているように見えると、父は満足します。

全てにおいてそんな感じです。習い事も趣味も、服装も髪型も、そして高校卒業後の進学先も同じでした。学歴コンプレックスのある両親はとにかく私を四年制の大学に進学させることにこだわりました。そして県外に出たら地元に戻り、親が頼んだ人のコネで就職させるつもりだったようです。でも、私は二度と実家に戻るつもりはなく、とにかく遠くに行こうと実家からは遠く離れた土地の大学に進学をしました。とにかく物理的に距離を取り、暴力や虐待を受けた家から、のがれ将来的には絶縁したいと考えていました。

私は両親や兄を加害者としか認識せず、将来的には絶縁したいと考えていましたが、加害者側の意識は全く違うものでした。私は実家を離れて、加害者である家族たちと物理的に距離を置いてから、実家での虐待を理由に、今後関わりたくないということを両親に訴えました。両親は兄の嘘に完全に騙されていますから、「イチゾ(兄のこと)はそんな悪い子ではない」「そんなものはただのちょっとした兄弟喧嘩だ」「ユキ(私)が嘘をついている、ユキが悪い」「ユキだって口が悪いから、イチゾは返す言葉が無くて小突いただけだろ」「そんなこといつまでも根に持つのは、あんたがおかしい」などと兄の6年間絶えず続いた暴力や盗みの強要などを否定しました。また、両親は自分たちの教育的虐待についても「すべてあんたの将来を思ってしてあげたことなのに、否定されるのはおかしい」と反論しました。その後、何度も電話や手紙などで、私の拒絶する気持ちを伝えましたが、話は平行線でした。加害者側とは意識が全く違うということがわかり、絶望的な気持ちになりました。

●親族のイベントなどのたびに良い家族を演じなければならない苦痛

暴力や虐待を受け続けた実家を出た後、やっと、安全なところで生きていけると思っていたのも束の間、両親はことあるごとに連絡をしてきて、何事もなかったように、帰省などを促してきました。私にはその神経が全く分かりませんでした。そもそも人に暴力をふるう人の神経も私には全くわかりませんが。

私の両親の親族では、祝い事をみんなで祝う風習がありました。例えば祖母の喜寿の祝いなど、何事も一族であつまり、天皇陛下が宿泊したといわれてるような豪華なホテルなどでお祝い事をするというようなことがありました。そういう集まりに、自分の娘が来ないことを、格好悪いと思われてしまわないか心配な両親は、何としても私に来るように言ってきます。もちろん、親族は、私が実家で虐待を受けていたことなど知りませんから、私は幸せな家族を演じることが要求されます。実家にいたころは、言われた通り言うことを聞かないと、父に殴られるので従っていましたが、実家を離れてからは、ここまでは来れないだろうと電話で断りました。すると、母が実家から私の暮らす土地まで新幹線で4時間もかけて、まるで用心棒のように兄を連れてきて話しに来ました。

その後も、私は何度か、嫌な気持ちを押し殺して、親戚の結婚式などのイベントに参加しました。そのたびに、加害者達にとっては、自分がしてきた過去の暴力や虐待は、本当に何事もなかったということになっていったようです。兄の結婚式も、私は加害者である両親や兄に押し切られて、自分の心を押し殺して参加をしました。心の中では、自分に虐待をし続けた両親や兄への憎しみでいっぱいでしたが、そのことで、ほかの親戚などの参列者に不愉快な思いをさせてはいけないと思い平静を装っていました。必死で平静を装ってはいましたが、あとから、その結婚式の時に撮った集合写真を見せられて、母にきつく怒られました。兄の結婚の集合写真の中で、全員笑顔なのに私一人が笑顔が無く睨むような顔をしていたのです。無意識のことでしたが、私は自分を虐待した兄の結婚式に参加するということだけでも、かなり無理をしていたのです。

●無理して、付き合う必要はない

私は、無理して、加害者達と付き合った後は、必ず体調を崩します。イベントでも電話でも、関わると頭痛や吐き気が止まらなくなります。

私と同じような辛い思いをしている人がいたら、伝えたいと思います。無理して、自分を傷つけた人に付き合う必要はありません。突き放してよいと思います。でも、過去の呪縛に囚われていると、加害者の言うことを聞かないとまた何かひどい仕打ちを受けるかもしれないという恐怖に襲われて、気付いたら従ってしまうものですよね。また、人に暴力をふるったり虐待したりする人は、嘘をついたり人を追い詰めることがうまいので、暴力を受けた人は、自分が被害者ということにもかかわらず、なぜか、自分を責めてしまうことがあります。

暴力をふるう人や虐待をする人(した人)は、その後、自分を正当化し、たいしたことは無かったとか、何事もなかったということにしたがります。まるで、ひき逃げ事件の犯人のようです。もう、そういう人に心を支配されるのはやめて良いと思います。自分の心を土足で踏みにじってくる相手には、ピシャっとシャッターを下ろせば良いのです。でも、それが一番できていないのが、情けないことに私かもしれません。強くなりたい。

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今の時代、多くの人がストレスを抱えて生きていると思います。 私も成長期の家族からの暴力や虐待に30年以上たった今でもトラウマを残し、生きづらさを抱えて生きてきました。 でも、人はみんな幸せに生きる権利があります。今の人生がつらい過去の上にあるとしても、そして、自分を取り巻く状況が厳しいものであっても、人の心や幸せの意味を考えてみんなに幸せになってもらいたいと思います。 いろいろあっても、工夫して、自分を癒し、人を癒し、明るい未来に向かいたいです。