◎暴力・虐待の記憶

・妹に盗みをさせ続けた兄②

小学校3年生のころから、私は兄や両親から暴力・虐待を受けて育ちました。一般的に、暴力や虐待には、殴る蹴るなどの身体的な暴力もあれば、言葉の暴力、性的なもの、また、食事などを与えないなどの育児放棄ネグレクトなど多岐にわたります。私の受けた虐待は、そのような一般的に言われる虐待も、もちろん日常的にありましたが、それに加えてさらに苦しかったのは、小中学生のころ、兄から殴る蹴るという圧力を加えられながら、盗みを強要され、私のお気に入りのお店や大切な友人たちの家から、盗んだものやお金を、兄に渡さなければならなかったことです。兄からの万引きの強要については、先日書かせていただきました。今日はほかの盗みの強要について書かせていただきます。あなたの周りに同じような行動をしてしまっている子供がいたら、背景を気にかけてあげていただきたいと思います。そして、そのような子供を救うために、お住まいの自治体や行政などの、虐待通報窓口などに通報や相談をしてあげてほしいと思います。それによって救われる子供が少しでも増えれば、私の苦しかった体験も少し役に立つかもしれないと希望が持てます。

●恐怖だった、連鎖的な盗みの強要

前の記事で書かせていただきましたが、私は小学生のころから暴力を受けて育ちました。最初は両親からの厳しいしつけと称したしたものでしたが、それはしつけやお仕置きなどではなく、両親の気分による、ただの暴力でした。私が小学校3年生になったころ、母がフルタイムの仕事を始めてから、両親の暴力に加え、兄の陰湿な暴力が加わりました。兄の暴力はとての激しいもので、いつも私は体のどこかを痛め、痛みと苦しみで眠れない毎日でしたが、兄は両親がいない時間に集中して暴力をふるい、両親が帰ってくる時間には何事もないようにふるまっていたので、両親は、兄の私への暴力にはほどんど気づかず、40年たった今でも兄のことを素直でかわいい息子とといいます。そして、ちょっとした兄弟げんかのようなものを、いつまでも根に持っている私のほうが、おかしい娘だということになっています。

兄からの盗みの強要は、最初は親の財布からお金を盗んで来いというものでした。私は兄に言われた通り、親に見つからないように親の財布からお金を抜き、兄に渡していました。当たり前ですが、そんなことを繰り返していれば親は財布からお金が減っていることに気づきます。そして、私たち兄弟に「誰がやったの?」と聞きました。すると、私に盗みを強要していた兄は、神妙な面持ちで「ユキ(私のこと)がお母さんの財布からお金を取っているのを何回も見た。けど、注意しても聞かなかったからそれ以上言えなかった。ユキからはお母さんには黙っていてと頼まれて、かばうしかなかった。」などと母に訴えました。もちろん兄の言っていることは全部嘘です。私はずっと、兄に殴られ脅され、親の財布からお金を盗みすべて兄に渡していたのですから。

兄に暴力をふるわれ、親の財布からお金を盗むよう命令され、言われた通りにして、兄に渡す。そして親に見つかる。親が怒ると兄が私のせいにする。そして私は親からも暴力を受ける。そんなことが何回かあると、親は財布を私から隠すようになります。私は兄に脅されても殴られても、親の財布からお金を盗むことができなくなりました。腹を立てた兄は私に思いっきり殴る蹴るの暴力をふるいますが、いくら殴られても、親が財布を隠して、私にお金を盗ませない対策をした以上、私は兄からの盗みの強要に従えませんでした。すると、今度は兄は近所のスーパーで万引きをしてくるように私に命じました。前回の記事で書いたように、私は兄に暴力を振るわれながら一生懸命万引きをして、兄に盗んだものを渡しました。でも、それも、知人や両親、お店に人に見つかり、兄は私に万引きを強要しても、目的を果たせないことになりました。次に兄が私に命じたのは、人の家からお金を盗んでくることでした。

兄は最初、私に店のレジからとってくるように命じました。兄は、私に何度も暴力をふるい、私に抵抗する気力を失わせ、私が逃げられないように、お店のレジのあたりまでついてきて見張りながら、私を盗みに向かわせましたが、すべてのお店のレジにはロックがかかっていて、そこからお金を取ることは不可能でした。それを見た兄は、怒り、店の駐輪場で何度も私の腹を蹴りました。そして、今度は私の友達の家からお金を盗んでくるように命じました。もちろん激しい暴力で、私に断る選択肢を与えませんでした。

それからというもの、私は日々、遊びに行く友達の家からお金を盗み兄に渡しました。同じ家から何度も連続ではできないので、何人かローテーションで遊びに行く家を変えました。お金を盗む家はだいたい、親が共働きで家にいない家、母子家庭で水商売をしている子の家などでした。友達に申し訳ない気持ちと、兄にお金を渡さないと暴力を振るわれる(渡しても暴力を振るわれるのに)恐怖の間で、とにかく必死でした。でも、何度かやると友達の家でもガードが固くなります。「ユキちゃんがくるたびにお金が無くなるから、もう遊んだらダメってお母さんに言われた」と友達から遊ぶのを断られるようになりました。

そして、もう友達の家からもお金が盗れないことを兄に言うと、また激しい暴力を振われました。私の小学校3年生から中学3年生までの6年間は、そんなことの繰り返しでした。私が中学3年生の終り頃、兄は東京の大学に合格し実家を離れて上京しました。これでもう、盗みから解放されるとホッとしました。もしかしたら、これを読んでくださっているあなたの周囲にも、万引きや盗みを繰り返している子供がいるかもしれません。万引きや盗みはもちろん悪いことで罰せられるべきことです。でも、暴力や虐待やいじめなどによって、脅され、強要されて、やりたくないのに、必死で盗みをしている子供もいます。そういう子供たちを少しでも救いたくて、私の体験を書いています。暴力の無い世界、盗みをしなくても安心して生きられる世界に、早く避難させてあげたいと思います。

●兄が私に盗みをさせながら得ていたもの

兄は、私に激しい暴力をふるいながら、万引きをさせたり、友人の家からお金を盗むように強要することで得ていたことがたくさんあります。兄は暴力により、私に飲食物や文房具など、モノやメーカーなどもすべて指定して、万引きさせていたので、お気に入りのものをほとんど手に入れていました。また兄は、親の財布や、私の友人の家などから、私にお金を盗ませて全部自分の使いたいように使っていたので、好きな遊びや趣味などをなんでもしていました。

また兄は高校生のころからボクシングを始めました。当時中学生の私に盗みをさせ、私から巻き上げたお金を使ってボクシングをする道具などを買い、親に内緒でジムに通っていたようです。兄は時々私に、自分はジムに通っているということをほのめかし、殴る力が以前より増していることを強調し、私に暴力をふるい続けました。そして、兄は自分の暴力と、ジムに通っていることの口止めをしました。私は、兄に命令されて盗みをし、お金を取られ、そのお金でさらにひどくなっていく兄からの暴力によりどんどん苦しめられていきました。私は、まさにサンドバックのようでした。そのことの延長線上で、兄は大学生の時、ボクシングのプロのライセンスを取得しました。

兄は、私に万引きや盗みをさせることで、とても大きなものを手に入れていました。それは、両親からの絶大な信頼でした。もちろん、兄の嘘の上に成り立っているものですが。兄は私に暴力をふるい、親の財布からお金を盗ませ、そのお金はすべて自分のものにしていましたが、さらに、私に暴力をもって口止めをしました。そして、両親に「ユキは悪いことをしたけど、許してあげて」と妹思いの兄を演じ、「僕だけは悪いことをしないから安心して」と素直でよい子を演じていました。万引きの時も同じでした。兄が私に暴力で強要し、友人の家から盗んだお金をすべて巻き上げていましたが、兄はそのお金で、父の日や母の日に両親にささやかなプレゼントなどをしていました。まるで、自分がお年玉や小遣いを頑張ってためていたかのような説明をしていました。両親は、昔からしつけと称して、私たち兄弟に、殴る蹴るつねるなどすることが、よくありましたが、兄は私に悪いことをさせて、自分は良い子だと嘘でアピールすることにより、両親からの暴力も自然に私のほうだけに向くようになり、両親は兄に信頼をするようになりました。

●妹に盗みを強要し続けた兄のその後

先述のように、兄は私に暴力により盗みを強要し、たくさんの物やお金、両親の信頼などを手に入れてきました。あれから30年以上たった今でも、両親は兄に大きな信頼をしており、真実は全く知りません。私が少しでも兄のことを否定的に話せば、頭ごなしに「あんた(私のこと)はおかしいだよ」と拒否します。

しかし現実、人とはそう簡単に変わらないものだなと思います。私は、兄が私にしてきたことは、まるで寄生虫のようだったと思います。暴力で人を支配し、自分は手を汚さず欲しいものを手に入れ、人を悪者にする。そんな人間が大人になって、自分の力で生活をしていくことや、家族を養うような経済力を、自分の力でつけるなどということはできるわけがありません。なんだかんだ、うまいこと誰かに寄生しながら生きていくのです。

兄は高校を卒業し、大学生になり、実家を離れ一人暮らしをするようになりました。実家にいたとき私をサンドバッグ代わりにしていた兄は、大学生になってボクシングのプロのライセンスを取りました。プロになるということは、試合を観戦するお客さんは有料となります。プロといってもスポンサーもいない無名の選手の場合、自分でチケットを売らなければなりませんが、最初は買ってくれる人など、そうそうおりません。結局、兄の試合のチケットは何十万円分も母が買い取り、親戚などにあげて試合を見に来てもらっていました。もちろん、そんなもの私は見に行きませんでしたが、普通に負けたそうです。そのあとも負け続け、結局プロはやめたそうです。表向き、ケガを口実にやめたようですが、妹に暴力をふるい続け、盗みをさせ、親にボクシングのチケットを買い取ってもらうような人間が、プロの世界で通用するはずがありません。

その後兄は、大学を卒業し企業に就職し工場で勤務をしましたが、入社して3か月後、親も知らないうちに退職し、会社の寮からも行方不明になりました。母が気付いて探したところ、大学時代から交際していた女性の実家に入り浸っていました。そこで生活の面倒を見てもらっていたようです。その後、兄は30歳の時に結婚をしましたが、その時の新郎紹介でも、仕事をしているという話はなく「新郎は、シナリオライターを目指しているとのことです。」と紹介をされていました。定職に就かずに結婚というのには大変驚きましたが、パラサイトなところが、実家にいたころ、私に盗みをさせ続けて私腹を肥やしていた兄らしいと思いました。その後、兄には娘が生まれました。その子は、もう18歳くらいになりますが、兄は自分がコーチになり、その娘にボクシングをさせているそうです。今、兄は50歳を過ぎましたが、子供のころから人に寄生して生きる癖は変わっていないように思います。余談ですが、兄は娘に自分のことをパピィとか、ダディなどと呼ばせているそうです。私が子供のころも、兄は私に「あんちゃん」とか「上様」と呼べと言っていました。人に自分の呼ばせ方をこだわるところも変わっていないのだなと思いました。

●こんな被害にあう子供がいなくなりますように

暴力や虐待を受けながら生きなければならないことは本当につらいことです。特に、成長期に暴力を受け続けて育ってしまうと、その後の人生から、その記憶が消えることはありません。消したくても、無意識のうちに記憶がモクモクを湧き上がってきてしまうことがあります。眠っていても夢として意識の中にあらわれて、ひどい苦しみに起こされてしまいます。

特に子供は、生まれてくる家も家族も選べません。そして、暴力や虐待のある生活が当たり前と思い生きなければならず、逃れる術をしりません。私自身、中学校を卒業するころまで、何度も生きることをやめようと思いました。でも自ら命を絶つことに何度も失敗し、死んだつもりで生きてきました。

今回も、私は自分が受けてきた暴力や虐待について書かせていただきましたが、私の願いはただ一つ、私のように苦しむ子供がいなくなってほしいということだけです。

この記事をSNSでシェアしてね!

今の時代、多くの人がストレスを抱えて生きていると思います。 私も成長期の家族からの暴力や虐待に30年以上たった今でもトラウマを残し、生きづらさを抱えて生きてきました。 でも、人はみんな幸せに生きる権利があります。今の人生がつらい過去の上にあるとしても、そして、自分を取り巻く状況が厳しいものであっても、人の心や幸せの意味を考えてみんなに幸せになってもらいたいと思います。 最近、保育の勉強に興味をもちました。学んでいると、まるで自分を育てなおしているような気持になります。学んだことをブログにもまとめていますので興味のある方は是非ごらんください。育児中の方などにもお勧めです。