◎暴力・虐待の記憶

・妹に盗みをさせ続けた兄①

今こうしている間にも、普通に安全に平穏に生きたいと願いながら、暴力や虐待にさらされ苦しんでいる方がおられるのではないでしょうか。人知れず苦しみ、涙しながら、早くこの苦しみから逃れたいと願っていることと思います。私は、自分が子供のころから、家族から受け続けた虐待を日々思い出しながら、そんな方が少しでも減ることを常に願っています。

暴力や虐待は、殴る蹴るなどの身体的なことだけではありません。もちろん日常的に殴られたり蹴られたりは当たり前でしたが、ほかに日常的に受けていたことで、非常につらかったのは、兄からの盗みの強要でした。普通に考えれば、盗みを指令されたとしても断ればよいこと、と思われると思いますが、それは子供だった私にとっては、簡単なことではありませんでした。盗みの強要には、加害者は徹底的に暴力を添えて被害者の心をコントロールします。私が兄から受けた虐待の一つである、盗みの強要を紹介します。もし、あなたの周りに盗みをしてしまう子供(大人かもしれません)がいたら、背景に暴力や虐待が無いか、ちょっと気にしてみてあげてください。

●兄からの万引きの強要

私が小学校3年生になったばかりのころでした。3歳年上の兄から、近所のスーパーで菓子を盗んでくるように命令されました。それまで私は、兄や両親から、暴力や暴言などの虐待行為を日常的に受けていましたが、外の人から見れば、そこそこ良い家の娘でしたし、家族からの暴力は外に人には全く露見されていない状態でした。兄から、家の中で親の財布からお金を盗んで、持ってくるように命令され、何度もやったことはありましたが、外でまで悪いことを強要されるなどということは考えられず最初は驚きました。そして、もちろん、「それはできないよ」と断りました。次の瞬間、兄は膝で思いっきり私の腹を蹴りました、激しい衝撃と痛みで、私は飛ばされ倒れこみ動くことができませんでした。さらに兄は動けなくなった私を蹴り続け『早く、万引きして来いよ!早く!すぐ動けよ!』と怒鳴り、私の髪をつかみ、私を立ち上がらせ、玄関で靴を履くように怒鳴りつけ、『早くしろ!』と私を近くのスーパーに行くように促し、兄は私が逃げないように自転車で私の数メートル後を保ちながら付いてきて、監視をしました。兄はスーパーまでの道中、私が逃げないように監視しながら、『逃げたら、殴るぞ』と言い続けていました。

スーパーに到着すると、私はすぐに、兄から言われたものをポケットに入れ、走って店を出て、店から少し離れた場所で待ち伏せしている兄に渡しました。兄は私に盗ませたものを持って、近所の公園に行き、食べ、公園のごみ箱にごみを捨て、何事もなかったように自転車で家に帰っていきました。私は、家を出る前に兄に蹴られた腹の痛みが、まだかなり残っていて、兄が去った後の公園のベンチで、時間をかけて深呼吸などをして、腹の痛みと、兄の命令で、初めて万引きをしてしまった心のざわつきを落ち着かせて、家に帰りました。

家に帰ると、兄が次の日に万引きしてくるもののリストを私に渡しました。菓子やジュース、文房具など8点書いてありました。そして、私がそのリストをうけとり、立ち尽くしていると、思いっきり顔を数発殴ってきました。そして、『明日、俺が学校から帰ってくるまでに万引きできていなかったら10発殴る。もし、これをしゃべったら30発殴る。』と言いました。こんなことが、親がいない平日の昼間、毎日繰り返されました。私が兄の言うことを聞いて、言われた通りの万引きをしてきても、次の日の万引きの強要と、兄が、自分が私に万引きを強要していることの口止めのために殴られます。

私はやっと捕まえてもらえたが

兄の暴力に脅され、行動をコントロールされ、万引きを続け、盗んだものを兄に渡す。そんな毎日が半年ほど続いたある日、私は万引きを知人に目撃され、通報され、捕まりました。正直、すごくホッとしたのを覚えています。暴力を受けることが怖くて、一生懸命万引きをしていたけれど、万引きが犯罪だと分かっていてそれを続けることは、とても心が痛かったのです。こんなことやめたい。だれか見つけて。そして、強要する兄をどうにかして。とずっと心で叫んでいました。

万引きが見つかり、私の小学校の担任の先生や両親、スーパーの店長さん達に知らされ、謝りに行くことになりました。スーパーに謝りに行く前の日の夜、兄が私の寝ている部屋に入ってきて、私の耳をちぎれるほどつねりました。兄はその時、殴ったり蹴ったりすると大きな音がして別の部屋にいる両親に聞こえると思ったのでしょう。兄は耳元で、低い声で言いました。『万引きに俺が関係しているようなことを少しでもしゃべったら、100発殴るぞ。本当だからな。逃げられると思うなよ。俺のことは絶対しゃべるな。全部お前がやったことなんだぞ。』

次の日母と、兄の命令で半年間毎日万引きをし続けた行ったスーパーへ、謝罪に行きました。もちろん母にも、スーパーの店長さんにも、担任の先生にも、誰にも兄からの命令で万引きをしたとは言えませんでした。すべて私が欲しかったものを盗み、自分で食べたり使ったりしたと説明をしました。兄からの暴力が怖くて、そうするしかありませんでした。皆、私に『なぜそんなに物が欲しいのか』『万引きはとても悪いことなんだ』などと私は悪いやつなのだと責め立てました。それでも、兄の命令とはいえませんでした。ただ黙って、お叱りを受け、謝り続けました。母も私に『あんたのせいで恥ずかしくてもう買い物にもいけないよ!』と怒鳴りました。それでも、私は黙っているしかありませんでした。少しでも兄の関係をほのめかしでもしたら、殴り殺されるかもしれないということしか、頭にありませんでしたから。でも、ここまで大騒ぎになれば、もう、兄は私に万引きを強要はしてこないかもしれない。もう、万引きをしなくて済むかもしれないという、ささやかな希望がありました。

●やっぱり絶望しかなかった

母とスーパーに謝罪しに行き家に帰りました。当たり前ですが、その時母はとても落ち込んだ顔をしていました。自分の子供が万引きをしたことで謝りに行ったのですから当たり前です。そんな母を見て、家にいた兄が言いました。『お母さん大丈夫?ユキ(私のこと)は万引きをするような悪いやつだけど、これからは俺がちゃんと注意してみておくから安心して。もう絶対万引きなんかさせないから。もしやりそうになったら、俺が殴ってでも止めるから。』私は、目の前でこんな言葉を母に言い放つ兄に、暴力で脅され、必死で万引きをして兄に品物を渡し、万引きが発覚しても全部自分が悪いことにさせられているのに。それでも、兄が母にこんなことを言っているのを、黙って聞いていなければなりませんでした。

父が帰宅すると、母から一連の出来事が父に報告されました。もちろん、万引きには、兄は無関係で、すべて私の責任で、今後は兄がちゃんと私を監視してくれる、というようなストーリーになっています。その話を聞いて、父は私を10発ほど殴りました。殴られて鼻血が出ましたがそれでも父は私を殴りました。私は黙って殴られ、そのあと、自分で床に流れた自分の鼻血を掃除しました。横では、父が兄に『これからはユキのことをしっかり監視してくれよ』と頼んでいました。その後、兄から万引きの指令はなくなりましたが、次はもっと悪質で難しい盗みの強要が始まりました。また、次のブログで紹介します。

●万引きをする子がいたら背景を気にしてあげて

ここに書いた万引きの事例は、40年くらい前の私の経験で、本当に氷山の一角でしかありません。暴力で心をコントロールされて、悪いことと分かっていてもやるしかないという子供が、今でもいると思っています。

そういう子供は万引きだけでなく、ほかにもいろいろなことを、暴力や虐待の加害者に強要されて、苦しみながらも生きるためにやるしかなく、もがいていると思います。その子のやっていることだけを見ると、悪い子だと責めるようなことなのですが、どうか、その子の背景にも目を向けてあげてほしいと思います。暴力や虐待を受けている子供は、それを訴えることができません。加害者たちは、自分たちは安全なところにいて、その子にすべてを被せて、善良な顔をして、のうのうと生きていることがあります。

その子が一人悪いということにすれば、話が早く、一見簡単に解決できるように見える問題が多いかもしれません。難しいかもしれませんが、一歩踏み込んで、一見、非行に走っているように見える子供の行動の裏を探ってみてあげて欲しいと思います。子供は、生まれてくる家や家族を選べません。普通の平凡な、どこにでもあるような、私が育った家庭で起きていたことを紹介することで、少しでもこういうことに気付いて、こんな苦しい思いをする子供が救われる世の中になってくれたらと思います。

この記事をSNSでシェアしてね!

今の時代、多くの人がストレスを抱えて生きていると思います。 私も成長期の家族からの暴力や虐待に30年以上たった今でもトラウマを残し、生きづらさを抱えて生きてきました。 でも、人はみんな幸せに生きる権利があります。今の人生がつらい過去の上にあるとしても、そして、自分を取り巻く状況が厳しいものであっても、人の心や幸せの意味を考えてみんなに幸せになってもらいたいと思います。 最近、保育の勉強に興味をもちました。学んでいると、まるで自分を育てなおしているような気持になります。学んだことをブログにもまとめていますので興味のある方は是非ごらんください。育児中の方などにもお勧めです。